BOKETTO

ヨーロッパ一人旅の記録とひとりごと。

さみしい景色

 

またもや、亀のようなスピードで長い階段を手押し車と共に下るおばあちゃんがいた。地下鉄だ。

 

誰も助けやしなかった。おれはすぐさま落ち着いた様で少し駆け足で「持ちますよ」と言った。とても笑顔の可愛いおばあちゃんだった。

 

またとっても感謝された。

 

とっても感謝されたけどその嬉しさはどこえやら、それより遥かに、素通りしていく人間達のひんやりさで心が哀しい。そして隣に座ってきた女性が臭くて、また悲しい。

 

 

数日前は大雨だった。風も強かった。

 

そんな日にJRのホームで倒れている男性がいた。

 

沢山の人がそこで下車したけれど、みんな素通りだ。みなに共通した認識は「酔っ払いが倒れてる」それだけであって、気付いてない人間と興味のない人間が雨の中に消えていった。

 

ぼくと四十代ほどの女性二人組だけが、ホームに残った。

 

案の定、ただの酔っ払いだったけれど、これがもしただの酔っ払いじゃなかったら。

 

三人で一個先の駅まで歩いていく彼を見送り、「奥さんだったら嫌だけど、なんだか親心みたいだねぇ」と僕が言う。「あなたまだあの男性より10も20も年下でしょ!」と返され、みなで「誰もなにもしないんだねぇ」と言いながら。僕の心と目には素通り人間達の歩く冷色の景色が焼き付き、モヤモヤしたまんまだった。

 

 

家に帰ると、母がいた。

 

「もし主婦二人もいなくておれだけだったら、その人をタクシーに詰め込んで、かるくお金を渡して、住所を言わせていたかもしれない」そう言うと、「も〜どんだけ男気あんのさ」と苦笑いだった。

 

 

ぼくが外国へ行った時、このような景色が広がりまくってる冷たい国と、どちらも混ざった国と、誰もが助けてくれる天国があった。

 

こういう時に、自分がドイツの駅で助けられたことを思い出す。トルコ人の彼があそこの現場にいたら、この間や今日自分がしたことは当たり前に過ぎない自然な光景だと心で知る。

 

まだまだ、酔っぱらいで倒れた彼をスマホで撮影する人間がいなくて良かったと安心するのである。

 

 

 

 

(去年の記事)

 

ぼくなんか生まれなきゃ良かった

 

そう思ったことは

 

学生時代の鬱だった頃くらいだが

 

みんな死ねばいいのに

 

とは今でも思うものだ

 

それは冷たさからではなく

 

ぬるく大きな愛からである

 

一度

 

もいちど寝て

 

もいちど目を醒ませ

 

そう言いたい人が沢山居る

 

おれも誰かにそう思われているかも

 

わからない

 

 

僕は結局だれよりも

 

人間を愛したいのに

 

だれよりも愛を信じているから

 

愛を忘れ切った人間には

 

暗になるのだ

 

 

ぼくの愛を感じ取れない人間は

 

しねばいいし

 

今世で持つべき愛の器を割ってしまい

 

それを再構築も出来ない人間は

 

申し訳ないが

 

しんでほしい

 

 

ちがう

 

 

おれがしんでほしいなど

 

書いてしまう人間は

 

単純に愛を忘れた人ではなく

 

愛を忘れ切ったそのぶっきらぼう

 

顔、下がりきった瞼、口角、態度

 

それらで愛の人間を殺した人の事だ

 

 

この世に死んで良い人間などいない

 

人間はこう言った

 

けれど自分の子を殺したあいつのことは

 

生きてる価値がない

 

と言った

 

愛する人の不倫相手には

 

しね

 

と言った

 

 

その人達にはまた愛する人がいて

 

同じ様にしんでほしいと思う人が

 

いるかもしれないのに

 

人間は愛する者に傷をつけた人は

 

みなゆるせないという

 

 

 

人間がこの地球に舞い降りた何億もの命を平等に「生きてほしい」と願えるかと言えば

 

おれは嘘だと思う

 

 

みな都合よく回ってほしいのだ

 

みな己の回りを回ってほしいのだ

 

我が大きな星でありたいのだ

 

 

おれは今一人になって

 

音と引き篭もりたい。

 

 

誰にも聞こえない音と二人きり、三人きり、四人きりになりたいかと思えば、

 

ある日突然気が狂った様に街中に繰り出し、蛇腹を破裂させたい。

 

おいらの感情が音に変化する瞬間を観たい。声を上げる瞬間を手伝いたい。

 

 

世界は疲れたって 僕にはもう無理だって

宇宙の寂しさを一人で背負う

創り上げてはみたが

世界は疲れたって あとはもう壊れるだけ

親が子を殺める時の作法を

お目に見せてあげましょう

カイコ / RADWIMPS

 

 

 

東京

 

なんだかもう、しばらく居る気がする。

 

大嫌いだった東京の空気は前よりも吸うことに抵抗を感じない。

 

東京といえど、いろんな街があり、いろんな空の顔があり、雲があり、また人が居た。

 

僕が「東京なんか日本一嫌いだ」という勢いで東京を嫌っていたのは、僕は東京のごく一部しか知らなかったからだ。

 

いやそれでも、確かに街が醸し出す空気や雰囲気は、もちろんクロアチアのロヴィ二に比べたら最悪だ。

 

それでも、こんな街でさえ、とっても目と魂が透き通っていて僕と同じ世界を視界に入れている人間、目的地が同じ旅人、人生の仲間が沢山居た。

 

彼等は、随分前からそこにいた。

 

おそらく、東京を毛嫌いしていた時の僕には、出会えなかったであろう人々。人間達。

 

その街が嫌いかどうかは、確かに街全体の空気や人の表情、生き急いでいるかどうか、街が刻むスピード感で決まる。

 

確かにこの世界はどうやらどこも同じ1分1秒を刻んでいるらしいが、どうも「時間」という感覚は場所やしている事、一緒に居る人、によって歪んでいるのだ。

 

俺はゆったりとしていて、又、カレンダーで見るととても早い、そんな時間の流れの生き方をしたい。

 

とってもシンプルで、横に音楽が居て、坂道と洗濯物があり、人々も野菜もフルーツも生きていて、海や風を感じたと思えば雨に打たれ、光る雷を見て美しいと感じる自分が居る。そんな人生を過ごしたい。

 

また沢山の人が、僕に会えて「嬉しい」と言った。

 

僕の作ったご飯を、「美味しい」と言ってくれた。

 

僕の笑顔を、「素敵だね」と言った。

オーラを褒めてくれた。

 

 

ただ、それと同時にまた「目力が恐い」と言う人間が現れる度、僕は悲しくなる。

 

 

人間の目は、何を語りたがっているのだろう。

 

犬のように黒目が大きく動きが無く、もっと表情のない瞳だったら良いんだ。

 

なんて僕は思いたくない。

 

なぜだか瞳を怖がられる度に涙が出る。

 

俺は言葉を失っても、この目を失うことはしたくない。

 

それくらい、きっと僕の目は「なにか」を訴えているんだと思うからだ。

 

それは僕の目を怖がったおろかびとに対する「怒り」かと思えば、目の奥は針で刺されたような悲しい顔をしていて、その瞬間生まれた感情を映し出しているかと思えば、「もっと大きな何か」に対する怒り悲しみかもしれない。

 

 

「もっと柔らかくなればもっと可愛いのに」

 

 

そう言われた僕は、そんな事を言ってくる人間には柔らかい眼差しは送れないだろう。

 

僕はまだ幼いんだ。

 

まだ反骨心の様な愛しい気持ちが心に住んでいて、そいつはきっととても寂しがり屋で、怒りたい訳ではなく、一緒に分かち合える同棲相手を探している。

 

僕の事(よさ)を最初から分からない人は、ずっと分からない。

 

そいつらに好かれる為に笑ってみたら、俺の瞳の奥と心はちっとも笑えない。そんな奴に、僕の素敵すぎるスマイルは高すぎる。勿体無い。

 

僕の中の僕は本当はとても素直で可愛くて、誰よりも少年の様にピュアで小さな虫さえ殺せれない様な心の持ち主だ。

 

人々は言う。

「自分で言うか?」と。

 

優しいのも、格好良いのも、どれも自分で思ってたって良いじゃないか。

 

謙遜という作業が大好きな日本人は、「自分で優しいと言う人は優しくない」だとか自分で可愛さを自覚すればナルシストだとか言うけれど、本当は誰よりも自分がそれに気付いてあげるべきで、そう思う生き方はとても素晴らしいのだと思うのだよ。

 

「優しくなりたい」と思う心はもう優しくて、「愛したい」と思う心はもう愛してるのかもしれない。

 

実際に相手にとって優しいのか、愛されてると思われているか、それを「優しい」「愛してる」と表記するならばそれは受け手側にしか表せない言葉だ。

 

「そうしようとしている」という“状態”をひょっとしたら人は動詞で表したのかもしれない。

 

 

東京には「何かあったらすぐに言ってね」と言う友達が沢山いて、地元には「帰っておいでね」と僕の帰りを待つ仲間が沢山居る。

 

またそれが違う国ですらそうだ。

 

こんなに幸せな事ってあるんだろうか。

 

こんなに愛される人間などいるのだろうか。

 

僕は飲み会に行って主役じゃないと嫌な訳ではなく、僕に興味が無い(自分しか興味の無い)人間とはまず合わないから、無駄な表情筋を使いたくないだけだ。

 

気付けば心に閉じこもった「誰に対しても笑顔な僕」がまた復活するのは、僕が最高に居心地が良いと感じる場所でしかないのだ。

 

 

 

ねむたいから中途半端やけどもう寝よう。

 

 

 

東京の星は意外とキレイだな

 

by藤原さくら

 

神の御気持ち

 

神は人間に何を伝えたかったんだろう。

何を感じて欲しかったんだろう。

何を表現して欲しかったろう。

何を大事にして欲しかったろう。

何だけは辞めて欲しかったろう。

 

僕には分からねぇんだ。

(って言い方すると途端に厨二病ぽくなるけど続行)

 

お風呂上がりの美しい小麦色の脚を背景に神を考える。

 

幸せだけを感じさせたければ、怒りや悲しみの表情や涙はわざわざ備えつけてくれなくても良かったんだぜ。涙が嬉しい時だけに流れる、美しい色の物でも良かったんだぜ。美しい自然を見せたかったんなら、いじわるに目の見えない人なんて創造しないよね?二足でどうしても歩かせたかったら、足のない人間は創造しないよね。

 

そんな体のそれぞれに対して僕はもうなんとでも書けますよ。

 

一番分からないのは何故こんなに男と女、とわざわざ身体の違う物を創って、みえない脳ミソの作りまで別にしちゃって、複雑にしたんですか?で、なんで男女が惹かれ合う様に(多くは)創っちゃってるんですか?そんなもん一生理解し合えないじゃないですか。(神の御気持ちというか神への文句になっててゴメンなさいwww)

 

さぞかし楽しいことが大好きなお神はそんなこんなで案の定大混乱している世界中の男女を見て、酒を片手にしているんでしょうか。

 

「男はより多くの子孫を残したがる(誰でもいい)」とか、一夫一妻の日本でそれを浮気の理由にされたら、最初から誓なんてしてくれなくて良かったのに。人間が作った一夫一婦制という枠組みに自ら入会しながら、「浮気は本能です」とか都合よすぎない?

 

今や浮気や不倫で溢れかえってますけど、男女共に切ないですね。神は誰の子でもいいからお互い適当に性行為に及べ、とにかく子孫を増やせ、とおっしゃるのでしょうか?それとも愛し合った者のみでしか子孫を増やしちゃいかんよ、その行為も一人としかダメよ、と言うのでしょうか。確かに、避妊具やピル、なんて物を開発したのも人間。本来、妊娠のリスクがあるから有能な遺伝子を持つ心開いたオスとしか行為を許さなかった慎重なメスが、オスと化した様に遊びまくれるようになってしまって複雑化しているのが現在です。

 

それにしてもそれにしては、ただでさえ複雑だった人間が、どんどん人間は進化しないまま世の中だけがめくるめくる進化してくので、難しすぎるよ。

 

生まれ変わったらシンプルな猿になりたい。(頷いてコミュニケーションする頭いい猿。なまえわすれた)

 

変に本能は残りつつ、男は狩りの生き物だからシングルタスクだ、とか釣った魚には餌やらない、とか言われちゃう女性達。また長生きなんてものも出来るようになってしまったから余計わけわかめ状態なんだ。“人生100年時代”とか謳われる今日に、20代で「あと80年一緒にいましょうね。」なんて誓えねぇよ。40歳くらいが寿命で、20歳くらいで子供を産むのが普通だった方が色んなバランスが分かりやすかったんだ。

 

こんなに安全で娯楽に溢れまくった世の中で、若い人は恋愛すらしなくなったり異性への関心も消えたり、アニメのキャラで満足したり…。外に出たらマンモスやライオンがいる世の中だったら、男はもっと男で娯楽なんて考える暇なく無意識に子孫残そうと女抱いては狩りに行ってると思うよ。大昔に心理的なEDとかいたのかね?

 

こんなに性への関心が薄れてく世の中なら、同時に男女の身体の構造も本能的な部分も変わっていけば良いのにね。

 

神がもし一夫一妻制の地球を前提に人間を造ってたら、「人間は一生で一人の異性しか好きになれません(相手はもう決まってます余り出ません)」とか、優しい創り方をしてくれたかなぁ。それとも「生産性がない」と言われるゲイやレズビアンを創り、「大事なことはそこじゃないよ」とアピールなさりたいのだろうか?

 

難しくして、あえてその中で学んでよってか。

 

難しすぎるわ(ガチで)。

 

愛し合った人との性行為しか快感は得られないようになってる、とか、愛したメスと子作りする時しか男性器は機能しない、とか、男の欲情が愛と結びついてたら…という「if」の世界を考えると愛に満ちたように見えるのになぁ。

 

なぜメスはそこから愛を感じたりしちゃう様になったんでしょうか?というよりは、お互い愛を感じる行為(愛から始まる行為)で良くない?

 

愛だよ!と仰る男性もそりゃあ沢山いますが、めんどくさいから例え話は端折るとして、僕が勉強した物によれば女性をある意味で「モノ」(メス)と見るような感情、ある種の攻撃性や征服欲(独占欲)が少なくともないと「ヤりてぇ!」とはならないそうです。ひらがなの「や」を「ヤ」と表記する感覚はここらへんの感覚を表してるように感じる(笑)

※僕は↑の構図を納得して信じている最中なので反論受け付けません(笑)

 

で、女性は心許した男性からはもっと愛を感じたい。そう思った時にはもう二人の仲は安定していて男は愛してるけどメスとは見れない。…?それって…他の女(今ならAV含め)は性の対象になるってこと?私は…?!みたいなことになるんですね。

 

世の中ある意味よく出来てます。こんな違いを分かっているからこそ、結婚?無理だろそんなん。やだなーきついなー切ねぇなーerc…と思ってしまう、幸福なのかなんなのか分かりませんが、

 

基本、そこまで知らずに結婚するのが殆どですよね。ずっと抱かれ続けられていたからといってそれが「愛」だと勘違いしていたマダムは、抱かれなくなったある日、焦って「私ってもう女として終わりなんでしょうか??」てネットに質問したりするんです。何も女としての価値は旦那に抱かれることではなく、ただ旦那には「性欲」があっただけ、それがなくなっただけ。でも男性からしたらこんな当たり前なことも、知識がなければ女性は「自分の魅力」と結びつけて自信を失います。男女共にそれを理解していれば良いんですけどね。(心の浮気等は別としてね)

 

「女性の性欲がなめられすぎている件」と、「男性の性欲が大事にされすぎている件」 - wezzy|ウェジー

 

 

やっぱり、人間を知りたい僕にはそういう類の話は研究者になれるんじゃないかと思うほど無限に勉強出来ますが、知りすぎると「人間めんどくせー!複雑すぎんだよ生まれ変わったら○○になる!!!!泣」と人間辞めたくなったりするので、何も知らずにわーわー泣いて悩んでっていうのが人間らしいのかもしれないですね。

 

それにしてもこんなことなど学校でも習わなければ「夫婦なんだから分かるでしょ?」くらいのテンションでお互いがお互いの違う当たり前を押し付け合って終いには散っていく…。あまりに悲惨な男女の終末が多すぎて切なくなります、本当に。

 

そんなレベルの低い人間のイザコザすら神は楽しんでるんでしょうか。それならもう何も言わないです。こうして思い通り遊ばれてます。悩んでます。楽しいですか?お酒すすんでますか?☺️

 

 

 

ただ一つ、結論の出ないこの話の中、友達と話して発見がありました。

 

僕「俺さぁ、全てに関して完璧主義じゃん?…あ。結婚に対してもそうだった!!!世の中男女の違いも知らないでよくみんな結婚できるよな!!(ありえねぇ!!)とか言ってたけど、全部学んでたらそのうちババァ?かもしくは死んでるよな。てか親だってみんな未熟だったじゃんね。それでも俺らちゃんと育ててんだよ凄いな(尊敬)。」

 

 

22歳、バツイチ(?)、悟りました。

 

そう、結局男女の違いがどうとかなんだとか完璧に勉強しようとした所で、私は女だから男のことは分かりません。結局   本当の意味で「分かり合う」ことはないんだと思ってます。でもだからこそ美しいんじゃね?とまた美の感覚が動いています。

 

僕の場合は、結局それが「人間的に美しいか否か」で全部決まるんです。自分が人間のくせに、「人間とは〜」なんて学び尽くしてから結婚しようとしたら死ぬのが先でしょう。パパやママはどうですか?決して完璧な家庭じゃありません。でも完璧な家庭なんてないのは当たり前であり、それはそれは美しかったです。ケンカをしても食卓にご飯がある風景。喜怒哀楽すべてが詰まった三角屋根。人間らしかったです。

 

知識は、他者と生きていく上で知っておいた方が、知っていただけで悩まないことが沢山あるでしょう。でもなんだろうな、男女が全部分かり合ってしまったら、惹かれ合うこともなくなってしまう気がします。良くも悪くも分からないからそこにロマンスがある様に感じてきました。

 

小学生が「○○くんとけっこんするっ!!」とか言っちゃうような、中学生が「いつか彼との子供がほしいんだ〜」と自然と思っちゃうような、そんなんで良いんだな!

 

なんて、結論に至った所であります。

 

なんていうとバカみたいですが、僕にはそれくらいで考えた方が人生しんどくないと思います。というかそんな自然に湧いてくる感情があれば、「男女とは?」なんて思考にならないんだと思います。

 

おそらく僕が「人間らしい」と感じるメキシコや情熱の国スペインや性を謳歌するフランスにいれば、わざわざ「人間とは?」と疑問を感じずそこにある浮気や別れすら「なんだかいいなー。人間だものな〜」と眺めている気がします。

 

まあ、日本にいると脳みそがパンクしそうなほど考えちゃうのも僕だから、ここはもう大いに考えてしまおう。結局考え尽くして誰よりもシンプルな答えになっちゃったり、研究者気取りして研究室に篭っていたのに、ある日突然「この人が運命の人だわ!!!」みたいな感じになったりww

 

一周まわって神は〜とかどうでも良いから楽しもうね、って。

 

ただそれだけでいい。

 

マスクするならかっこいいヘルメットがいい

 

日本はすっかりマスクマンしかいない。飲食店再開などで緩和されつつあるも、「義務化」されている場所は未だ多い。かといって公共の場全てにおいてマスクをする義務がある訳では無い。にも関わらずスーパーに行けばマスクをしていない人は1〜3人。彼らはマスクを持っていないだけかもしれないが、どこか親近感を抱いてしまう。

 

僕は自他の感染予防の為のマスクはしない。していないと“イヤなやつ”という目で見られ避けられるような場では自己防衛の為もあり(憎悪犯罪から逃れる為)、やむを得ず着用のパフォーマンスをしている。これを日本人が見れば、お前みたいなのがいるから収まらないんだよ!!!と、とびっきりのバッシングを受けることくらいは分かっている。

 

そもそもモヤモヤしていた理由として、「ほんまにマスク、意味あんのか。」という見えないウイルスの感染経路の真実が謎(目からだの口からだの色んな情報がゴタゴタ)。飛沫感染であるとしたらそれにマスクは“本当に”有効なのか?という疑問。じゃあマスクが有効であったところで私達の使い方は合っているのか?という疑問。「そもそも」コロナは存在しているのか?という誰もが疑わない独り立ちした疑問。

そして、「なぜ誰もこれら疑問を感じずに当たり前に付けている?」という疎外感。

 

これについては同じような疑問をキレイに言語化されている方がいたので、貼っときます。

「とりあえずマスク」ですっかり安心している日本人への違和感(青山 潤三) | 現代ビジネス | 講談社(1/7)

 

 

😀まぁまぁ、そんなことは言ってやりゃあしない。マスクが意味なかったとしてもする上で自分にも他人にもメリットしかないじゃないか。

 

 

なんて僕が何も疑わずに楽観的に大多数に馴染める人間であれば、学校の制服だって校則だってマスクだってちゃんと皆とおんなじ色に染まれたのに。

 

では何故、あらゆる情報が嘘であろうとデメリットのない「マスクをする」という簡単すぎる行為が僕には息苦しいか?露になったのは昨日の出来事からである。

 

僕は去年通っていた自動車学校の近くでご飯を食べた。せっかくだから、と大好きな先生方に会いに自動車学校へ行こうとしたら案の定、「マスクの着用お願いします」と書いてあった。その時、ふと、「こんなご時世に“会いに来た”という理由だけで顔を出すのはよろしくないのではないか?」と諦めると同時に不思議になったのである。

 

なぜなら、僕はマスクを所持していたからだ。会いに行きたけりゃマスクを顔にはめるだけで叶うのである。それにしても何故かこう、浮かんだ思考は「サングラスだったら良いのに。。」だった。

 

サン…グラス。

 

別に何も顔を隠す為にマスクをする訳じゃないくらい分かっているのに、「どうせ隠すのならサングラスがいい」というまたもや僕の生き方の中心軸である“美の軸”が揺らいでいたのだ。

 

そういえば僕は元々、日本の女性がすっぴんならばマスクをしたりすっかりみんなが同じように細工された目だけを出す「マスク美人」たる言葉が存在したり、口元を覆って可愛くなったつもりでいる女性もそれを可愛く思う男性がいることも嫌っていた。

 

そして僕自身はというと、マスクをしても「芸能人ぽい」と言われたりもするがそういう意味では断然サングラスがしっくりとくる。目が特徴な僕なのに、どうしてなのか。それは僕の感じる美人の定義が顎から首、デコルテが綺麗な人という意識であるのと、単純に顔の半分が隠れているのに違和感を感じるからだ。

 

「僕が美しいかどうか」の美軸で捉えれば、「マスク美人」になれるのであれば喜んで自動車学校に行っただろう。けれど僕はマスクをしている僕を美しいと思わない。かっこいいと思えない。「ウイルスが蔓延してるんだぞ。」と言われても、ならばマスクの必要性が確かであるのを確認した上で初めてSWATがする様なかっこいいマスクをしたい。

 

 

 

(↓僕の理想形)

 

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(swat様!!!)

 

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(お美しい……、、)

 

 

 

 

そしてもう一つ重要なポイントが「コミュニケーション」だった。

 

ちなみに上に書いた「美しいか美しくないか」とか、緊急事態でうるせぇよ、と私だって思いますよ( ͡° ͜・・ ͡° )

 

事務的な人(ロボット人間)と会話する分には僕はマスク大歓迎だ。あってもなくても無表情な機械人間と話すには関係ない。むしろあいつらはこちらがマスクしていることにすら気付かないレベルで顔を見ないだろう。でも、恋人ともマスクでデート。。だなんて、辛いじゃないか。

 

 

ということは、だ。理由は簡単。

 

僕が自動車学校の先生方に会いに行けなかった理由No.1は「口元が隠されたコミュニケーションが嫌だから(みんなのことが好きだから)」  にあった。「マスクしよったら俺の美しさが勿体無いねん。」というのはバカバカしいが、僕にしたら自分の魅力が軽減される洋服を“身につけなくてはならない物”に感じてしまって苦しいのだ。

 

 

こんな。。

 

 

こんな深層心理にたどり着いてハッとしたのものの、「嗚呼どこまで僕は美じゃないと嫌なんだ…」と苦しさと愛しさが湧いた。

 

 

 

 

 

が、

 

欧米人がマスク嫌いだったのはなぜ? 日本との「美意識」の違い | 大手小町

(※これ超読んでください)

 

やっぱり、やっぱりこうでした。やっぱり、ここですら僕は海外の人と似ている感覚なんだ…(怯えた顔と流れる汗)

 

ま、またか…またそこか…ッ!!!!!

 

と恐くなっている所です。

 

 

日本じゃ孤独を感じるように独りでに感じている感覚も、海を渡れば僕みたいな人がむしろ多かったりするから面白いですね、世界。

 

やはりマスクひとつにしろ、僕が疑問を強く感じる点はその国の「常識」や雰囲気に対してだったりするので、結局その国の文化や歴史まで知る必要があるのです。今回でいえば「なぜ日本人はマスクをする様になったのか?(コロナ前から)」といった所から始まり、そこには医療やウイルスの関与性だけではなく、ファッションやコミュニケーションの取り方まで見えてくるので「深い」の一言です。

 

それでも当たり前すぎることに子供のように質問をする割には、こんな深く考えていることを瞬時に言語化して伝えることも容易ではないので、どうしても「マスクしたくないんだよね。する意味無くない?」といった軽率でタダのアホが言うような発言になってしまうのがネックです。僕が100考えていることを1どこらか何も考えていない人に「いや、バカなんじゃないの?」と言われて傷つかないもはや自己防衛の為に、ここにまとめる作業が大重要になってくるのです。

 

皆が「難しい」と感じていることへの考えは皆も同じレベルで聞いてくれるけれど、皆が「当たり前」と感じていることへの考えはあまりにステージが違いすぎて、淘汰されるか変な奴扱いされてしまうのが人間。特に幼い頃から「同調圧力」を深く埋め込められる日本は強いと感じます。

 

けれど自分自身が自分のことを分かっていないと、伝える前に言語化すら出来ず他人に誤解を招かせるのは当然のこと。

 

 

「説明が出来たら本当に解(わか)っている証拠だよ。」

 

とよく言いますが、自分の深層心理が説明できないことは多々あります。僕の心の声に正しさもなにもありません。“ただ僕がそう感じている”。それが分かりやすく「生きづらい」という感情でぼやっと出てくるので、もっと声を聞いてやりたいです。そしてその心が何を言いたいのか、何を体現したくてこの「生きづらい」という感覚をわざわざ感じさせてくれているのか、きっとそれはもっとスケールのデカいことなのです。

 

 

 

 

つらつらと長くなりましたが、「マスクするのが嫌ごときで行動が減るのはどうなんだ」と思っていました所、まさにこんな記事がありました。

ドイツ人 マスク嫌いすぎで小売業がピンチ |ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

 

世界で見れば、仲間達もいるようです。

 

布マスクやら下着で作られたマスクやら、おしゃれマスクを楽しんでいる人は少なからず似たような美意識があるかと思いますが、僕にはちっとも楽しめないですごめんなさい。(あ、シルバーのマスクがあったらするかも。)

 

 

もしも今学生だったら100%学校には行かなかった。ただでさえ皆が同じ服で気持ち悪い中、顔にシールドをして授業?こんな時の不登校の子はきっと色々なことを感じている。でも数十年後には、何が常識か分からない。

 

🧓🏼「ババが学生の頃はねぇ、炎天下の体育の日でもマスク着用を義務づけられてうちわも禁止だったのよ。」

👧🏻「え〜なにそれ死ぬじゃん!バカみたいな時代!」

 

と、昭和時代の部活等で水分補給が禁止されていたのが今さら「おかしい」となる時代、僕らも同じように笑われているかもしれないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

【まとめ】

コミュニケーションが理由と書いたけど、やっぱり自分がおじさんだったら構わずマスクできている件

 

 

※ちなみにリアルな「これならしたいな」というマスクがありましたので貼っておきます。

 

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追記: あまのじゃくなのでみんながもしマスクをしていなかったら「は?なんでそんな楽観視してんの死にたいの?」と言っている僕が想像つきました。