BOKETTO

19歳。高校中退後、「好きなことだけして生きていく」ことを決意。高校時代に経験したサロンモデルをきっかけにカメラに恋をし、その他イラスト、ピアノ、旅、多すぎる趣味と日々恋愛中。現在は片思い中のドイツにあるアコーディオンに会うため、ヨーロッパへ。

なぜタダ泊まりさせてくれるか聞いてみた。

 

「ホテルオーナーが、“ホテル”ではなく“自宅”にタダで泊まらせてくれる」

 

という異例の赤字経営

 

 

・ピアノ、アコーディオン弾き放題

・でかいテレビ付

・でかい個室付

・でかいクローゼット付

・かっこいいシャワールーム付

・バニラの香りのボディソープ付

・荷物移動もタダ

 

 

神か。

 

 

 

あまりにも特別扱いすぎて、

 

 

昨日、恒例の質問、

「なんでそんな優しくするの?」

 

をしてみました。

 

 

「英語だって上手く話せないし。それに優しくしてくるのはあなただけじゃない、会う人みんな。なんでなの?」

 

 

 

返ってきた答えはいつもと同じでした。

 

 

 

 

 

 

 

「笑顔だよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それだけ???

 

 

 

「それだけさ。人と会ってまず最初にあるのが、笑顔だろ?何でも最初に、笑顔だよ。」

 

 

に加え、

これも何故かみんな同じ順序で言うのだが、

 

 

 

「それから美しい目。」

  

 

 

 

キモイ。なぜなら外国にいる時のみならず、日本にいる時から「なんで好きになったの?」という質問には必ず「笑顔。そして目。」と返ってくるのだ。

 

 

 

そしてパーシーは続けた。

 

 

「自宅に呼んだゲストは初めて?」

 

 

すると、

 

「もちろん!君はクレイジーガールさ!」

 

と返ってきた。

 

 

ここで彼の携帯にホテルのゲストからメールが入り、「観光客ふぁっく!」と言い出したので、

 

「えごめん!パーシーも観光客なんだけど!ww」

 

というと、

 

「君はスペシャルゲストさ!!」

 

と返ってきた。

 

 

 

あざっす(´°▽°`)

 

 

 

 

「じゃあさー、今英語上手く話せないのにこれでしょー?もしパーシーが英語流暢に話せるようになったら…」

 

 

「あぁ、やばいさ!!!もう手がつけらんないさ!!!」

 

 

 

ふぉーーーー!!!!!!

 

 

 

 

と、興奮したところで、

 

 

 

 

“クレイジージャパニーズガール”

 

 

“おやすみ”

 

 

 

ホテルオーナー失格の優し過ぎるアパートメントオーナーは眠りました。

 

 

「君の名は。」

 

あの日のトルコ人の目に、

 

オーストリア人の目に、

 

ハンガリー人の目に、

 

海辺を歩く鳥の目に、

散歩をする犬の目に、

 

なぜ自分が映っていたのか分からない。

 

 

本当に映っていたのかすら分からない。

 

 

アイリッシュパブでの音楽の中に

なぜ自分の声が混じっていたのか。

 

鳴り響く拍手の中に、

なぜ自分の手の叩く音まで混じっていたのか。

 

 

 

見知らぬ地で生まれて、育って、

 

そのまま普通に生きていたら

こんなことはなかっただろうに。

 

 

何があったことやら、

 

 

彼等の目には自分の顔が、

 

彼等の耳には自分の声が。

 

 

 

彼等が死を迎えるときに、

 

果たしてそこに一瞬でも

自分の姿があるのか分からない。

 

名前さえあるのか分からない。

 

 

それでも彼等の人生の数秒間の間、

 

「YUME」または「PERCY」

の名前が存在していたことは確かなこと。

 

自分の身体と声が在ったのは確かなこと。

 

 

 

もしも

 

彼等が死を迎えるまでに、

 

自分の何か一つでも

思い出すことがあったら、

 

 

それは笑顔であってほしいし

笑い声であってほしい。

 

 

その全部を忘れてしまったら、

 

「そこにいた」という記憶と

名前だけ覚えてくれればそれでいい。

 

 

そしてその瞬間が

一度でもあれば、

 

死ぬ時には覚えてくれてなくとも

それでイイ。

 

 

 

連絡先も交換しなかった出逢いでも、

顔と名前だけは知っている。

 

 

人がどうして名前を知りたがるのか。

 

どうして名前を呼びたがるのか。

 

どうして名前を覚えてほしいのか。

 

 

 

今一番知りたい。

 

 

もう一度も使うことはないのに、

 

名前を聞いてから、

バイバイをする意味を。

 

 

 

 

本当に知りたいのかも

 

 

分かんないけど。

 

RADWIMPS縷々(るる)歌詞付き - YouTube

 

 

 

それより明日の天気は、

 

雨かしら。

 

 



 

 

 

 

 

アパートを手に入れた。

 

ありえないことが起こってます。

 

なんと今、

一日中ピアノが弾けます。

 

アコーディオンだって、

練習できちゃいます。

 

ドミトリーを卒業して、

広い部屋に一人で寝れています。

 

でかいテレビもあります。

 

キレイなシャワールームも。

 

 

ないのはWiFi

だけ。

 

 

 

そして気になる一泊あたりの料金、

 

ゼロ。

 

 

もう二度いいます。

 

 

ゼロ。

 

 

 

ゼロ。

 

 

 

そしていつまで滞在するかは、

 

パーシーの気分次第(ここ重要)。

 

 

 

 

何が起こったのか?

 

 

「リエカ」という街に着いてから、その場で安いホテルを探して歩きました。

 

そして秒でホテルオーナーと仲良くなる、いつものやつ。

 

そして紙とペンがあったから絵を描いてあげたら、「もう一泊していいよ」と。

 

 

ここまではフェイスブックに書きました。

 

 

がこの後、

 

色んな部屋を見せられ、

「好きな部屋選んでいいよ」と言われ。

 

 

広い部屋を選んだ。はずでした。

 

ここまででも充分やばい、サプライズ。

 

 

 

 

話していたら、

 

アコーディオン見せてよ!」

 「いや音でかいから弾けんよ」

 「構わない!お願いだから見せて!」

 

という流れで久しぶりに音を鳴らし、

 

「最高!路上でやんなよ!!!」

 

といういつもの流れ。

に対し、

 

「長い間練習出来てないから練習しないと」

 

と返すと、

 

 

「家にピアノがあるからもし弾きたかったら自由に弾けるよ」

 

 

と。

 

 

近くのアパートに車で連れて行ってもらった末。

 

 

 

それが、

 

 

今のこの天国です。

 

 

にしても、部屋広すぎだし、

ドイツ製のピアノに、

いくら雑に弾いても優しい音。

 

ピアノの上にはホテルと同じ

マリリンモンロー。

 

夢なのか。

 

 

 

色んな話をしたら、

 

彼は今の仕事につくまで、何店もレストランやバーを経営してきたらしい。

 

けど仕事、仕事、仕事で嫌になり辞め、

 

それでも「人間」が好きだから、

今のホテルの仕事に辿り着いたそう。

 

彼も昔は英語が話せなくて苦労したけど、ある日、ホテルに泊まりに来たお婆さんがとても優しく変わった人で、

 

「英語教えて」

 

というと一ヶ月程ホテルに泊まってくれ、毎日英語を教えてくれたそう。

 

 

「彼女は年寄りだけど、本当に美しく、いつも笑っていて、そしていつも歌っていた」

 

 

この言葉を聞いたとき、数日前に会ったハンガリー人を思い出した。

 

彼もいつも、本当にいつも歌っていた。

 

 

ハッピーで素敵な人の共通点は、

とてもシンプルだ。

 

 

 

もう少しで旅が終わるというのに、

身体が疲れ果てるくらい、

まだまだ出逢いや物を引き寄せてしまう。

 

「ありえない」けれど、

 

「ありえない」と思ったままでは

きっと去ってしまうから、

 

 

“自分はそれだけの価値ある人間”

 

 

つまり、

 

「こうされて当たり前の人間」

 

「いるだけで愛されてしまう」

 

 

と思って現実を受け止めることにしている。

 

 

もちろん、感謝は散々した上で、

 

自分がそれだけ価値ある人間だと

自分が一番、自分を信じてる。

 

 


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「もうひとりの自分」

 

もう少しで旅が終わる。

 

そしてもう少しで二十歳になる。

 

色んなことがありすぎて、

毎日が映画の主人公で、

それを文字に起こす作業が追いつかない。

 

夢のような出逢いに、

夢のような景色。

 

「もういいよ」と言いたくなるほど

その二つが自分の体を激しく襲う。

 

お陰様でここ最近、

感情を司る脳の一部が非常に忙しい。

 

 

 

 

二日前、同じホテルに滞在していたハンガリーは自分とよく似ていた。

 

ずっと雨が続いているので一日中ホテルにいようとしていた自分に話しかけてくれ、直ぐにフィーリングが合い、彼がロヴィニから車で一時間程の街まで連れて行ってくれた。

 

自分がハンガリーに少し住んでいたこともありどこか親近感がある。のに加え、久しぶりに聞くハンガリー語もまた不思議な感覚だった。

 

そんな彼に今日はパフェを奢ってもらい、ロヴィニの街でバイバイをしたのだが、

 

 

彼は本当に「自由人」だった。

 

 

同じくらいどデカい自由の旗を掲げる自分は、会ったばかりなのに何も気を遣っていなかった。お互い臭いくらい自然体でいた。

 

彼が自由でポジティブでバカみたいに子供で純粋なのは、彼のカメラロールを見せてもらった時から知っていた。

 

が、予想以上だった。

 

街に一歩出た瞬間、立ち止まるポイントやカメラを手にするタイミング、写真を撮る時の異常な姿勢、子供を見て微笑む仕草、全て自分にそっくりなのだ。

 

 

そして海を目の前にした時、

 

「神はいると思う?」

 

と彼が聞いてきたので、

“あぁ、そういうことか”と納得した。

 

 

余りにも自分にそっくりで、この日誰かと一緒に過ごしたともあまり思えていない。自分が自分と対話しているようだった。

 

 

車での帰り道には、ふと空を見上げれば見たことのない星の数。あまりの美しさに車を止め敷物を敷き、二人で寝転がった。

 

 

「なんでそんな優しいの?」 

 

という問に、

 

 

「同じホテルの同じ部屋にいた、そしてパーシーが遅い時間に目を覚ましていた、元気には見えなかった、だから話しかけた、そしたらなんと俺の国に住んでいたことがある、そしてフィーリングが合った。」

 

 

「だから、一緒に街へ出た。これのどこがおかしい?至って自然なことだよ。」

 

 

 

と彼は答え、

 

「これが俺の生き方だよ。」

 

と続けた。

 

 

また、

「いつからそんな自由人なの?」

 

 

という問に対しては、

 

「4〜6年前かな」

 

とだけいい、

そのとき彼に何があったのかは分からない。

 

 

他にも色んな話をした。

 

 

↓以下自分が話したこと

(箇条書きで適当に書く)

 

・日本人は働き過ぎて、大人は笑顔を忘れてる。みんなじゃないけど。

・コミュニケーションが外国人の方がとりやすい。

・自分達みたいな自由人は、日本にいると“変人”に見られる。

 

 

↓彼

 

・パーシーは多くの人間とは違う。俺が最初話しかけた時も笑顔がステキで、コミュニケーションのとり方も面白いし、だからみんな好きになるのさ。

・俺はウェイトレスが好きじゃない。みんな笑わないし、作り笑いばかりだからね。

・「音楽」はその人を表す。

・俺がどんなに酒で酔っぱらおうと、パーシーには関係ない。なぜならこれはパーシーの人生じゃない、俺の人生だからね。

 

 

あとは、会話をそのまま書く。

 

自分「一人旅は時に嬉しくも悲しくもさせる。色んな人と会っては別れ、寂しくなって、また今別れないといけないあーあ。」

 

彼「それが人生だよ。でも俺達はハッピーさ。だって同じホテルで出逢って一緒に〜して、〜して、〜して…。そう思わない?」

 

自分「(泣きそう)」 

 

彼「泣く必要はないよ。バスに乗ったらすぐに平気さ。違う街につけば、またそこで良い景色、良いホテル、良い人間に出会うさ。俺みたいなね。」

 

 

そして帰り際。

 

彼「もっと話したいのに、喋ることはあんまり好きじゃない感じ?日本でもこんな感じ?」

 

自分「うーん、もし自分が喋ることが好きなら、カメラや絵や音楽はやらなくてもいいんだよね。言葉で充分。でも違う。言葉よりもフィーリングが好き。」

 

彼「実に面白い。フィーリングはとても大事だね。そしてパーシーは絵を路上で売らないと!必ず多くの人が求めるよ。」

 

 

 

て感じで、

 

もう。

 

 

どれもこれも、

かなり深く理解し合っていた。

 

(更に驚きなことに昨日は別々の一日を過ごしたはずなのに、同じアイリッシュパブに行っていた←)

 

 

 

 

そしてバイバイをする前、また海を二人で眺める時間があったので同じ質問をした時のこと。

 

 

 

自分

「神はいると思う?」

 

 

 

「もちろん。でも空の上じゃない。ここと、パーシーのそこにもね。そしてこれはみんな、同じさ。」

 

 

 

と、彼は自分の胸に拳をあてて笑った。

 

 

me me she RADWIMPS MV - YouTube

 

 

 

そして、

 

彼はいつも歌っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

映画「数時間の恋」

 

昨日同じホテルで出会った日本人の男の子を見送りにバス停ヘ。バスまでの時間、一緒に軽く辺りを散策する。

 

昨日はオーストラリア人の女の子がいたので二人の間では英語が飛び変わっていたが、今日はお互い日本人。色々と話が合った。そりゃ、一人でこんなとこにいるんだもん、お互い変人な訳だ。

 

彼を見送ったあと、かなり小さい街なので適当に歩き回る。

 

そして、何となく立ち寄ったアジアンショップ。特に買う物がなくても堂々と店員と話すのが自分。だが奇跡的に惹かれた指輪があったので、一つ買おうとすると、

 

「これはプレゼントだよ。君はとても可愛いからね。」

 

となんかおじさん、

やたら自分のこと気に入ってた(笑)

 

ありがとう!!!(泣)

 

 

すっかりロヴィニの虜になり、お店を出てまたブラブラしていると海沿いの道端で切り絵をしているおっちゃんがいる。


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(この画像はおっちゃん休憩中)

 

既に一組の夫婦とガタイのいいお兄さんが群れていて、どうやら切り絵で横顔を作ってくれるみたい。自然と輪に入る。

 

流れで自分も作ってもらうことになったが、100クーナ。換金したばかりの自分はあまり金銭感覚が分かっていない(いま計算したら1700円くらいだったw)。

 

が、予想以上の出来!

 


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同じアートをやる人間として、彼がその技術を身に着けた期間だとか、その人を惹き付けてしまう人間力だとか考えれば安いもんだ。

 

するとその切り絵おじさん。隣にいた既に手に切り絵を持ったガタイのいいお兄さんに向かって、

 

「よし。あんたも一人、この子(自分)も一人だ。そこのカフェでコーヒーでも飲みなさい。お金は私が払うから。」

 

と、“男だったら女を連れてくのが普通だろ”的な猛烈な強風を吹かせては、風を止める気もサラサラない。

 

 

もはや強制的にカフェに収容された今会ったばかりの二人。

 

これ、自分はぶっ飛んでるからこういうノリや出逢いはカモンだけど、一般の人がこれされたらとんだ迷惑だよな。 

 

とりあえず二人でカプチーノ

 

ドイツで二ヶ月間生活を共にしたトルコ人とは180度変わって、彼は口数も多くないしかなり落ち着いている。

 

「人と話すのが好き!」というタイプではなさそう。だがしかし、カフェに収容されてしまった以上、会話がないと出られない。

 

仕方なくよくある質問をし合っていたら、職業を聞いた途端、腰を抜かれた。

 

 

なんと、「警察官」!!!

 

 

まとめると‥

 

“28歳(たしか)”

オーストリア人”

“警察官”

 

 

それまで曇っていた街に急に太陽が照らし始めたかのように、二つのカプチーノが乗ったテーブルは急に何かに照らされた。

 

写真を見せてもらうと、まじでポリス。なまら、ポリス。

 

 

ええポリスじゃん!!!www

 

 

通りでそのガタイの良さ。 

 

 

「今自分、警察官(※オーストリア)とコーヒー飲んでんの!!?!」 

 

と鼻水と興奮を止められない。

 

 

それでもトルコ人とはあまりなかった「沈黙」を感じる時間が多く、それがまたぎこちなく、居心地がいい。

 

隣の席に一緒に切り絵をしてもらった夫婦が来たところでまた少し話し、カフェを出る。

 

まだお昼前。

 

切り絵のおっちゃんに手を振り、とりあえず一緒に歩きはじめる。彼は15時にロヴィニを出るらしいが、それまでお互いノープラン。

 

普通に歩いて一周するのに30分もかからない程の旧市街を、ただただ歩き回る。正しくは歩いては海、歩いては海でその都度ただ海を眺めたり寝そべったり、砂浜ではないゴッツゴツの岩を手を取り合って越えていく。

 

第三者には、なんの疑いもなく“ただのカップル”。 

 

ここでも会話が多いわけでもないが、次第にぎこちなかった二人の空間は変わっていく。

 

気付けば自然と手が繋がれていて、もう充分に街を歩き回った二人はコアな路地裏をアイコンタクトと手のリアクションのみで進んでいた。迷路のようなロヴィニで、何かの物語に迷い込んでしまったようだった。

 

それぞれの箇所にどれだけ居座ったか分からない。そしてどれだけ坂道を歩いたかも分からない。美し過ぎるこの国には「時間」と「疲れ」が存在しない。

 

そんな不思議な感覚で細い路地を通り抜けると、見覚えのある風景が二人を待っていた。

 

それは二人が出会った「切り絵じじぃ」のいる広い海。

 

海が視界に入った途端、物語からは抜け出したもののまだ現実ではない夢の中にいる二人は、一番前の席で映画を堪能するかのよう海を占領する。

  

 

「これは夢ー?」

 

 

「夢じゃないよ」

 

 

「また会えるかなー?」

 

 

「すぐにね」

 

 

なんて笑い合ったらもう、彼がロヴィニを出る時間まで僅か10分。何を話すでもなく、あるのは波の音と沈黙のみ。

 

さっき出会ったばかりの日本人のよくわかんない少女と、オーストリア人の警察官の目が視界のど真ん中に入り合う。

 

 

そして、彼が無言で立ち上がるのを合図に、彼の車の駐車場まで一緒に歩く。

 

 

とちょうど反対側の道からバッタリ。一組の夫婦。またも不思議なことに、初めに「切り絵」をしてもらった四人が顔を揃えた。

 

 

駐車場のゲートの前。一旦軽くサヨナラをし、「直ぐ車で出てくるから」と言った彼。

 

 

 

 

 

がしかし。

 

 

 

 

 

 

 

一向に出てこない。

 

   

 

まさか。。

 

 

 

まさか。。。

 

 

 

 

最後に英語聞き間違えたか??!!! 

 

 

???!!

 

 

 

 

この最悪な事態に、もう何も為す術はない。

 

 

暫く待ったがどうしようもないので、

再び、今度は一人で旧市街に迷い込んだ。

 

切なさにも程がある理解の出来ない別れ。

 

カプチーノしかまだ胃に入れていない自分は、大好きなシェイクをアイス屋さんで作ってもらい、また堤防に座る。

 

左手の人差し指には朝にもらった指輪。

 

隣には警察官の彼はもういない。

 

やっぱり夢だったんだろうか?

 

裸足になってしばらく太陽と海を眺めていた。色んな人のことを想って。

 

 
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一人で観る海には、

ついさっきまでの自分がもう、

 

映画化されて映っていた。

 


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 〈感想・ネタバレ〉

 

 

“なぜ連絡先を交換しなかったか” 

 

 きっと、二人は知っている。

 

 

最初から“終わり”が来るのを知っていて、終わりがあるからこそ、それを“終わりのまま”にしたかったんだろう。

 

敢えてややこしく言えば、

  

「終わらせたくなかった」からわざとここで蓋をしたんだろう。

 

 

この夢みたいな街での、夢みたいな出逢いに、スマホという機械を通して簡単に連絡出来てしまうことは、二人にとって美しくはなかったんだろう。 

 

少女が最後に海で映画を観ている時、彼が車で何を考えていたかは分からない。

 

そこでも尚、「いまなにしてんの?」といった連絡の気軽さはきっと、二人の記憶を塗り潰してしまうこととなるだろう。

 

英語を聞き間違えたのか、ただ気づかなかったのか、駐車場で事故ったのか、お腹を壊したのか、真相はわからない。

 

それでもその「分からない」が人間の想像力を掻き立て、更にそれが永遠になることを二人は知っていたんだろう。

 

今の時代、調べれば何でも情報は手に入り、友達とはいつでもどこでも繋がれてしまう。つまり昔に比べて「分からない」の範囲が狭くなり、それもスマホ一つですぐに分かってしまうので“想像力”に欠け、“思いやり”に欠けてしまう。

 

勿論、機械化していく世の中で機械と“共存”していくにはスマホ使うな!ではなく「使い方」を人それぞれ考えればいいのだが、

 

どうも旅をしていたら、フィーリングの良し悪しに関わらず「連絡先を交換する人」と「しない人」がいる。

 

どちらにも本当はこうしてメリットがあるのだが、おそらく結構な人が出会った瞬間に「フェイスブックやってる?」「ラインは?」の流れだろう。

 

 

この、“敢えて連絡先を交換しない”という一見ドMな選択肢。

 

 

それでも必要だったらきっとまたどこかで会うんだろう。切り絵でもしてもらって。

 

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(胸元のハートが2つあるのは1つがパーシーので、もう1つが警察官の彼のだそう。)

 

 

切り絵のおっちゃんは、こうなることを分かっていたんだろうか。

 

 

自分達以外にも、同じようなことをしているのだろうか。

 

 

 

“連絡先を交換する”

 

 

“敢えて連絡先を交換しない”

 

 

 

どちらの「バイバイ」も、

それぞれ自分は好きだ。

 

 

 
米津玄師 MV「アイネクライネ」 - YouTube

 

 

人間や、生花のように、「おわり」がある方が自分には美しさを感じる。

 

厳密には終わりではないのだけれど。