BOKETTO

ヨーロッパ一人旅の記録とひとりごと。

日曜日

 

今日は日曜日。

 

みんながお休みの日。

だけどなんでか、家にひとり。

 

 

曜日に縛られた生き方はしたくないから、

土曜日を終える喜びも、月曜日を迎える苦痛も

他の人とちがってなにもない。なんにも。

 

 

だけどみんなが曜日毎に規則正しい生活を送っているから

人が蟻のように溢れる日曜日はきらい。

 

そうやってみんなが「曜日」という見えないものに

あまりにもキレイに従っているのもまたきもちわるい。

 

 

 

でも「家の中の日曜日」はすき。

 

 

今日なんて誰もいないけれど、

いつも何かに引っ張られるように家のドアから摘み出されるパパやママが

ちょっぴりオシャレをしてゆっくりとドアを開ける光景が、すき。

 

 

家は曜日なんて言葉も知らずに普段と何も変わらない佇まいなのに

なんでこんなにも空気がゆったりと、時計の針はゆっくりと。

 

 

「あぁいっそ、毎日がこの世でいう“日曜日”なら。」

 

 

なんて思うけれど、

 

そうなってしまうときっと今呼んでいる日曜日は

日曜日ではなくなってしまうんだ。

 

 

 

 

去年、ヨーロッパを周ったとき。

またドイツに2ヶ月間住んだとき。

 

 

たしかに日曜日という名の謎の休日には

スーパーの店員も、コンビニの店員もみんな休んでいて

日本よりも休日感が漂っていた。

 

なーんにもなくて、ただそこに休日があった。

 

 

「みんなが働いていない」という7日間毎に突如現れる

日常の異常な鷹揚さはしあわせでもあり、少々奇妙に感じた。

 

 

この極められた日曜日に加え、“日曜日以外”でも、

どこか日本でいう“日曜日”を感じたのはなぜだろう。

 

 

それは「うぁ〜明日からまた仕事がはじまる〜」

といった未来への絶望ではなく、ただ単にそこに現れる休日感だ。

 

 

自分がそこで働いていなかったから、

働いていたら全く異なる曜日感を見ていたかもしれないけれど

 

一緒に住んでいたトルコ人

いつもバラバラのシフトで且つ仕事もコロッと変えたりで

日常にはごく自然に音楽と遊びと公園があって

 

曜日や時間や会社という星の周りを彼が回っているのではなくて

あくまでも彼という大きな星の周りを

ちっぽけな数々の惑星(曜日、時間、会社)が回っているような

そんな大きなうちゅうに見えた。

 

 

彼という恒星は自らエネルギーを持って光っているのに対して

周りを回る惑星はそうではない。

 

 

一方、日本では多くの人が

会社という大きな星にエネルギーや光を吸い取られ、

自分自身がその周りをくるくると回っている。

 

 

本当にエネルギーを持っていて自ら輝けるのは

自分という星だと知らずに。

 

 

はやくそのことに気づいて

この宇宙の空が会社や曜日やお金ではなく

輝く人間の星でいっぱいになればなぁ、なんて思う。

 

 

 

 

まだ午後一時。

 

 

 

 

なんだかなぁ。

 

 

 

 

 

 

おうこく

 

ちがう。

 

今住んでいる場所が優芽の求めている世界が違うというより、この地球のどっかに優芽の描いているずっと探し続けている国がもう既にあって、その国には昔住んでいて、覚えているからこうも哀しいほど愛しく、悲しく、美しく、そして何よりそれを一人きりで感じているから、切なくなる。だけどそこの国の少し色褪せた土壁の家々、坂道、雨の日の石畳、キラキラした海、早朝から並んだ魚、果物、野菜、ニッコリ微笑むおじいちゃん、美味しいスープの作るおばあちゃん、犬、ネコ。それらは優芽を覚えていて、きっと今日も遠く想い合っていて、会ったらすぐに溶け合うんだ。アイコンタクトと、年季の入ったスマイルで。そんな日の夜は、必ず音楽とお酒、美味しい料理があって人々の輪が出来る。日本では飲み方の汚い人が目立つから「お酒は嫌い」と陳じているだけであって、お祝いや行事の人の輪に交じったグラスはとても好きだ。

 

だけどあろうことか「日本」という国に産まれ落ちた自分はその故郷がどこにあるのか、それからその国の名前、たったそれだけ、忘れてきてしまった。けれど決めている。その国にまた辿り着いたら、もういちど人や風景、街ごとぜんぶ抱きしめて“自分”を思い出し、その感じたままの身体で日本に降り立つ。そしてその国の料理や人の生き様、温度、存在を日本のみんなに聞かせたい。知らせたい。知ってほしい。要するに、知るべきである。そして本当に大好きな人、何人かはその国によんで、最高の“おもてなし”をしたい。これはエゴに見えて極めて相手を想った、絶対にしあわせだと骨の髄から感じてもらえる人生最高の旅行になることを誓う。

 

 

最近、“もっと広くて複雑なことを感じているのに上手く言えずに勘違いされてきたこと”を少し器用に文章に変換出来る力がついてきて、今回の文章も前々から思っていたことだけれど変換力がついてきた今やっと書けている。今回の記事は、Percyをただの日本キライキライ星人だと思っていた人に、多少上手く伝わるといい。伝わんなくてもいいけど。

 

 

日本人の多くが愛国心というか、今の時代「おくにのために!」と命を懸ける人まではいないと思うけど、そんなものを持っている。だから「日本やだ」といったら、ゴロッと目が変わって“なにを言っているんだ!!”と言われる、というかそもそも言えない圧を感じるけど、都道府県に関してはみんな、言いたい放題だ。東京が嫌いだとか、東京人はみんな〜だとか、茨城の人が「栃木と一緒にするな!」と威張ったり。まるで「おまえどこ中?(中学校)おれ〇〇中。」なんて中学生の可愛らしい会話に聞こえる。自分の中で世界は一人の体のようで、だから体の一部(日本)だけを愛するつもりがないだけで、日本を愛していないのではない。ぜんぶひっくるめてすき。本当はね。だけど別に、大きい体のどこか一部が愛せなくたって、どこかのひと部分愛せる場所があれば良いと思う。

 

今まで数カ国を適当に周りながらこのブログを書いて、なにも日本がくそだくそだと言いたいのではなくて、日本しか知らない人を蔑みたいのではなくて。なんというか、「日本しか知らずに“苦しんでいる人”」に対して、「地球ってひろいんだぜ!」「地球ってこんな良い場所もあるんだぜ!」と教えたい。たった、それだけ。

 

「日本しか知らずに“日本だいすきな人”」はこれからもずっとこの先それでいい。

けれど一つだけ知ってほしいこと(お願い)がある。

 

日本で生まれたからといって、日本を好きになれない人もいるということ。

 

日本を愛したくても愛せない人がいる。日本という小さな小さな国の決まりや文化、当たり前にみなが熟す本当に本当に当たり前なことが“出来ない”。そんな愛くるしい人間もいるということ。そんな子に、何が何でも「日本を愛しなさい」といつまでも怖い顔をするのはやめてあげてほしいのです。故郷を愛せることはとても素晴らしいこと。ですが、きっとそんなことで苦しんでしまうその子は、その子こそ本当は「日本を愛したかった」に違いありません。もっと言えば、「“日本を好きになれる私”になりたかった」。だってそうすれば日本愛国者の人たちから背かれないし、生まれた街、お母さんが産んでくれた街を愛せることに喜びを感じられない私がおかしい、と思わなくて済むのだから。そして、生まれ故郷への愛を家族や友達と分かり合えることはステキなことだと、本当は知っているから。

 

日本を愛せない子に日本を愛することを強制することは、自分にとって学校が辛くて辛くて行きたくないのに体を引き摺ってでも学校に行かせようとするお母さんの感情や行動に似ている。けれどきっとママの本当の願い、本当であるべき願いは、その子が今通っている学校(居場所)を愛せるようになることではなくて、その子が愛せる学校(居場所)を見つけ出すこと。そして、大事な事。それは学校(居場所)つまり日本に馴染めない“その子ごと”愛してしまうことを忘れてはいけません。

 

学校と、日本。全然違う大きさに感じる人も必ずいると思いますが、自分にとってはどちらも同じ規模の話。それくらい、地球を愛する場合に広がる視界では日本などたった一部でしかないのです。コンサート会場で見る、ありんこサイズの大スターのように。

 

 

 

 

ということを、ずっと、言いたかった。

 

 

 

長い人生のほんの少しの間、この広い地球の別のどこかを好きになったっていい。

 死ぬまでそこが好きでもいい。

 でもそうやって色んな土地や人や物を知って、いつか日本という場所や人も愛せる人間になっているかも、分からない。

 

ならなくても、いい。

 

 

「日本しか知らずに“日本だいすきな人”はこれからもそれでいい」と書いたことにまだ言葉を継ぎ足したい。この世で住む場所や人や物、何を愛するかは個人の自由であっても、自分が好きだからといって他人が抱きしめられないよう好きなものを腕という武器で抱き囲んだり、逆に「みんな好きに決まっている(好きじゃないやつがおかしい)」「誰もが愛するべきだ」と、他に愛したいものがある他人の腕まで引っ張ってきて自分の好きなものを無理やり抱きしめさせようとする行為は非常に残念である。愚かである。

 

 

要約すると、ぜんぶの棘を抜いて、まるくなろうよ。という話。

 

 

輪を作りたい。

自分の中にも、人々の間にも、その全体にも。

 

 

 

現時点では、

「日本に生まれた理由」

「日本での生きづらさ」

「外国(どこか)が異常に恋しい気持ち」

「外国にいると落ちつく、馴染む」等

 

 

もしこれらの理由の分からないことに説明をつけるなら、ここに書いたことが一番しっくりくる“答え”で、且つ使命である気がする。

 

そして“その国”と呼んでいる求め続けている場所が、テレビで偶然見かけた時からずーっと異常なほどに惹かれている「ジョージア(元グルジア共和国)」なんじゃないかと数週間前から居ても立っても居られなくなり、これを書いている。11月に行く予定だけれど、もしかしたら全然違うかもしれないし、もし上記の理由でこの世界に生まれてきたのなら21歳で正解に近づきすぎるのは、少し早すぎる感じもする。ただ行ってみないと正解に近づくことも、遠ざかることも出来ない。ただあまりにも直感で体が惹かれているので、“何か”が待っているのは間違いない。

 

なつかしい街を求めて。

 

 

 

 

 

地震で感じた生きづらさと「依存先増幅」の勧め

 

北海道での地震。今まで大きな地震やそれによる数日間の停電、断水に遭ったことのない多くの道民が大変な思いをした。食料や非常用品の備蓄をしていた人の方が明らかに少ない。そして約一週間、余震に警戒とのことだったけれど「あれ?(地震あったっけ?)」という程に“余裕”を持ってしまった大人達と、生を失った街の無機質さ。そのコントラストが不気味だった。あくまでも当時、“自分が見た景色”をごく淡々と述べるだけなので、自分とは全く異なった景色(危機感の持った大人、暖かい街etc...)を見ていた人も沢山いるだろう。なにも悪いところにピントを合わせていた訳ではない。同じ景色やシーンを見ていようと感じ方や見つめるポイントは違う。

 

何が言いたいかというと、今回の停電や断水といったライフラインの不便さとは別な部分で、非常に「生きづらさ」を感じた。それはそれは、普段は感じながらも声を出さないでいた違和感がついに悲鳴をあげたようだった。具体的には、「“やっぱり”日本には住めない!!!」という“やっぱり”が、一人寂しく、激しく、暴れ泣いた。何故なら、人間がライフラインさえも確保できないような緊迫した状況では、一人一人の人間色がとても色濃く鮮明に溢れ出る。いつも淡く感じていた違和感が鮮やかに浮かび上がってしまったわけだ。

 

 

テレビでは「余震に警戒してください」や「同じ規模の地震が来るかもしれない」とアナウンサーが続けて連呼しているのに、道外の友達は揃って「数日間は気をつけろよ!」と必死に訴えてくるのに、当事者の道民はというと。いたって平然だった。例えば、「冷蔵庫の食材が腐ってしまうから」という理由で庭でBBQをはじめる姿には道内、道外、ネットで色んな声が上がった。この件に善し悪しもないけれど、問題はその“精神状態”だ。自分から見ると、「余震の危険性や全体の状況をしっかり理解した上で且つ、食材を腐らせないBBQという選択をした」というよりも、電気が使えず仕事もない非日常の空間にどこかイベント感を抱き、単純にふと「BBQしよーぜー!」という楽しさ“のみ”から発生した行動に見えた。勿論、同じBBQのワンシーンでも前者のように“考えて”楽しむ大人もいただろうが、そうでない者も含めすべてを「道民らしい」とか「楽観的」と呼ぶ世の声には違和感しかなかった。街が死んだ状態で、絶望するも希望も抱くも、涙を流すのも楽しさを見出すのも人間ならではのこと。そしてその中でも、“楽しさを見出す”ことは最も必要なこと。と言いたいけれど、それは「最悪な状況」を考え、尚且つ最悪な状況の備えをしてからの話だ。

 

Twitterを久しぶりに開くと、同世代の同じような人間が結構いたので心が救われた。「避難用バッグを用意してるのは私だけ?」とか「あれ私だけ危機感持ちすぎ?」、そのほかに「この状況で仕事仕事って、日本やばくない?私がおかしい?」等。ここから言えることはこの様なつぶやきを放っていたほとんどが疑問形、“私、おかしいのかな?”という世間とのギャップから孤立感を感じるものだったことだ。友達の話を聞いても、子供がしっかりと危機感を持っていて、大人は「大丈夫だべ」のスタンスでいる家は多かった。やることをやった上で、初めて「大丈夫だべ」を子供に言っていいのではないだろうか。何も危険に備えないでいてのその言葉は、果たして子供を安心させるものなのだろうか?

 

そして何よりこの違和感を気持ち悪くさせてしまったのは、それが日本人だったからである。(誤解を招きそうですが日本人を否定するつもりはありません。)普段「将来のため」や「いつかのため」と目的の定まっていない貯金をしたり、ただ不安な未来への貯金、その為に日々やりたくない仕事をしているザ・日本人と呼べる人間が、あのような状況になって途端に「今、楽しまなくてはどうする!」と言わんばかりに楽しもうとする姿。それはまるで今まで押さえつけられていた何かから解放されたような、爽やかであり不自然な表情に見えたのだ。笑顔が引き攣って見えた。あの状況で「楽しもう!」となれるのに、なぜ日頃ではそうしないの?と心が不思議がって仕方なかった。

一方、今だけを楽しく生きているようで一見、楽観的に見える自分には実は計画性や慎重性が備わっていて様々な状況を考えているので、「いつも楽しく生きていないオトナが、急に楽しんでる…😨」とほんの少し、こわかったようだ。

 

人間色がハッキリと現れる状況で何を、誰を、信じたらいいのか。何を、誰を信じたいのか。こういう時に頼れる大人や手を取り合える友達もハッキリと分かる。とにかく全てがハッキリする。

 

それから、“すべて”に疑問も抱かなくてはいけない。「ネットの情報は信じてはいけない」とはよく言ったもので、我々国民のいつも側に居てくれていると思っていたアナウンサー、つまりテレビ、メディアはいとも簡単に人を洗脳出来てしまう最も身近で恐ろしいものとも言える。結論から言えば自分は最近の地震を“人工地震”だと思っているが、 仮に1つの説だとしてそれには日本のみならず世界の歴史や政治、経済についてよく知らなくては理解出来ない。長年、平和ボケしている頭脳には「なぜ、人工で災害を起こす必要があるか」全く誰にも利益がないように見えて当然。ここで何の知識もなく 「オカルトだ!」と言ってしまうにはちょっと切ない。何を信じるか信じないかは人それぞれで良いが、最も当たり前である「自然災害」でさえも疑ってみる、それが大事ということ。知らないことを知ろうともせず無いものだと思い込むのは貧相だ。

 

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そして、やっとタイトルに触れる。

 

 

電気が使えなくなったことでガスの使える家やソーラーパネルのある家は困らなかったこと、現金を所有していた人はお金を下ろさずとも困らなかったこと、其々色んな気づきがあった。つまりどういうことかと言うと、オール電化=電気のみに頼ること(依存)や電子マネーも同様、それらは大変なリスクを背負うということだ。海外に行って財布を失くした時も、お金(リスク)を分散するという大事さはよく分かった。そして何より、多くの人はこの辺で止まっていると思うけれど、声を大にして言いたいのは仕事や家、国でさえも同じことが言えるということである。

 

少し前まで、会社は一箇所に勤めていれば何も問題がなくむしろ「安定」していたけれど今は違う。クビになることも、会社そのものが無くなることだってありえる。会社一つに依存することはかなり危険と言える。それから、家。そして日本。日本に生まれたからといって日本が安全な国だと思っていたらそれは大間違い。災害の多さでも、その他でも「日本が安全」というのはもう胸を張って言えることでもなくなってきていると思う。地球上で家(ホーム)が一箇所しかないのは、よっぽどリスクのあることだと強く感じている。日本で生まれたからいつまでも日本人だ!とか、いくら世界を回ったってお前は日本人だ!とか、そんなことは当たり前なことで別に否定する余地もないけれど、何かあった時に日本だから、日本、日本、、と国に頼れる時でも無くなっている。

 

人間である限り、社会があり、皆何かに所属している。けれど「個」の生きる力や術がもっともっと、もう今から大事になっていると思う。つまり人間力

 

 

 

そしてもう1つ。

「なんかちがうな」と感じたことがもういっこあった。

 

 

いつもブログで書く、「人々の“家族”という意識はどこで生まれ、どこまでをそう呼ぶのか?」という疑問。

 

自家発電のできる家がコンセントを共有したり、飲食店が愛のあるお弁当を作り配ったり、その他にも風俗店がお風呂を貸したり、それぞれが色んな形で物を提供、共有していた事実はどれもとても美しい。けれど同じ状況でも身の回りの血の繋がった家族さえ良ければそれで良い、という人もいる。被害の酷かった所へ直ぐさまボランティアで駆けつける者もいる。さて、その心はどこで決まるのだろうか。よく言う、「友達」であれば他人事にはならないのなら。そもそもその「友達」という意識もどこから生まれるのか分からないが、世界中の人と友達になってしまったら。戦争で打たれてしまうかもしれない友達のこと、エイズで死んでしまうかもしれない友達のこと、今まで他人事だった遠い国のことが全部ただ事ではなくなってくる。そうなった時、人は助けに行くだろうか?何か手を差し伸べに行くのだろうか?

 

自分の住んでいる町では助け合いがあったけれど、範囲で言えば隣の家・向かいの家そのくらいだ。一方、じゃあ自分が理想とする世界はというと、町中の“皆”が外へ出て、“皆”が助け合い、分け合い、光と音の失った世界で楽器がある者は楽器を奏で、ない者は歌い、踊り、「たとえ大きな地震が来てもかまわないさ」くらい“みな”が愛し合っている、そんな世界だ。

 

“BBQするなら最悪な状況も考えた上で”と書いたはずが?と思うところだが、この理想世界の人間達は常日頃、地震がなくたって変わらなく助け合い、愛し合い、人生を、音楽を楽しんでいる。ひょっとしたら火の危険等の話を別にして、BBQをしていた人間も「今コイツらとだったら死んでもいーぜ!」といった思考だったかもしれないが唯一つ違うのは、彼らは“毎日”、“日常”、“通常”からすでにその生き方、つまり愛する人といたり人生を楽しんでいるという点だ。普段嫌な仕事や付き合いに時間と身を削り、大きな給料(ボーナス)が入ったり災害で仕事が休みになった時にのみ地球をパラダイス化(楽園化)するのとは大いに違うのだ。

 

一日の中で何時に死んでも「最期にコイツとかよ!」と思わないよう、仕事でもプライベートでも嫌な関係は一切無くしたい。「こいつらと居てよかった〜」と起床中でも就寝中でも微笑みながら死んでいきたい。

人間の街

 

風邪をひいた

 

 

のど、はな、悪寒、じゃっかんの熱。

 

 

 

そしてこういう時は大概、同時に涙がでる。

 

 

疲れてるんだろう。

 

 

 

 

せけんは「病院にいけ」というけれど

 

その必要はあまりない。

 

 

じぶんがよく知っている。

 

 

 

 

 

さて

 

 

夜の繁華街を、

 

夜の邪悪なネオン街を、

 

ぼくは美しいとは呼んだことがない。

 

 

そしてこれからも美しいと呼ぶことは

 

きっとできない。

 

 

少なくとも今じぶんの住んでいる場所での

 

その場所は。

 

 

 

 

下着屋のおばちゃんが言った。

 

 

「私、あの街が大っ嫌いなの。昔はキレイな人ばっかりでねぇ〜。

 

だけど今は下品。飲み屋のお姉ちゃんも、

 

ガールズバーから顔を出してくる姉ちゃんも、

 

汚いのよね、品がなくって。昔はキレイな人が働く街だった。」

 

 

 

 

鋭く共感すると共に、

 

美しい下着を買って店を後にした。

 

 

 

 

 

あの街を、

 

あの女の子が誘惑するようにお尻を出し

 

男性達が日々精進したお金という紙を散りばめるあの街を、

 

 

美味しい飲食店が沢山入り混じったビルの中

 

美味しく料理を頬張る美しい人間達の下の階で、

 

真っ白な愛とは呼べない

 

世界でたった2人しか知らない真っ赤な愛を築く者も

 

日常では出せない動物的な顔に変身を遂げる人間が彷徨うあの街を、

 

 

色んな常識やルール、大切な人との約束を越えて

 

色んな人間が癒しを与え合い、時に暴れ、時に愛し合うあの街を

 

 

 

ぼくはたとえ“にんげんらしい”と呼ぶことが出来ても、

 

“うつくしい”と表現することは出来ないだろう。

 

 

 

人間本来の動物的な欲望や男女の関わり、

 

一言に説明など出来やしない蜘蛛の巣のように

 

複雑に怪奇した人間関係図。

 

 

そこでは人間の数だけあるドラマが

 

1日に何人も混じり合い、混沌とした色になり

 

それを物語るようなネオンがまたそれを彷彿する。

 

 

 

少々繊細に出来上がりすぎたぼくの体には

 

あの街を歩くことでさえ、2年ほど前は息が苦しかった。

 

 

いつも空を見上げていた。

 

 

あの街の夜に、どんなに星が輝きを放っていようと

 

人々は星の存在さえもわからない。

 

 

だけど今はその街を悠々と歩くことも、

 

その街にキレイなものも、紛れて、沢山、

 

小さく輝いていることだって知っている。

 

 

どちらも知っている。

 

 

ぜんぶ知っている。

 

 

 

 

一人一人にストーリーがある。

 

 

本当に。

 

一人一人に。

 

 

 

だから

 

苦手な飲み屋の姉ちゃん全般を悪く言うことは出来ないし

 

フラついて踊り歩くサラリーマンを責めることもない。

 

 

それらは全て、

 

「バニーちゃんの格好をした昨日診察をしてくれた看護師さん」

 

かもしれないし、

 

うさぎとしてお金をもらっては

 

人間に戻って子供の世話をするお母さんかも知れない。

 

その子はうさぎの子ではない。人間の子。

 

 


踊り歩くサラリーマンは

 

「余命わずかで残りの生涯を楽しもうとしているサラリーマン」かも、

 

「嫁に許可をもらって、むしろ呆れた嫁からの命令で遊びにきたサラリーマン」かも

 

みな何かに化けている。

 

人間だって、人間に化けている。

 

物事の根の部分は土に埋まって見えない。

 

 

 

 

 かといってこの街の良さは

 

お互いがお互いの土を掘り起こさずに

 

都合よくやさしく触れ合える距離感の手頃さと安心感だろう。

 

 

その対価としてこの街には今日も沢山の

福沢諭吉が次から次へとお引越しをしている。

 

ついさっきATMから抜け出し、オジサンの黒革ベッド(財布)で寝たかと思えば、その日の内にピンクで煌びやかなお姉ちゃんのベッド(財布)へと移り住む。

 

勿論、ここで土を掘り合って、裸になって根を見せ合い、

 

心を抱きしめ合う人もいる。

 

 

 

もう

 

つまりは

 

 

よくわからない。

 

 

 

 

「何でも、いいんじゃない。」

 

そこに至る。

 

 

 

但し愛するものが何か、

 

自分がいちばん強く抱きしめるものが何かを忘れなければ。

 

「抱きしめるべき」ではなく

 

「抱きしめたい」のが何であるのか。

 

 

 

忘れない為に、なにか他の人やものを

 

人生のたった一瞬、愛する人の瞬きの一瞬のうちだけ

 

抱くことは悪いとは思わない。

 

 

思えない。

 

 

 

人間はそんなにつよくない。

 

 

 

 

 

 

 

ただこの街を心から好き!と声を張り上げることはない。

 

 

 

 

何度もこのブログには書いているけれど

 

この街で生まれたからと言って好きになる努力もしなくていい。

 

 

 

世界は広い。

 

 

 

限りなくひろい。

 

 

 

でもそれは自分の“意識する”「せかい」が世界、

 

または宇宙、それ以上の時。

 

 

 

自分が知っているせかいを世界だと思っていたら

 

その世界はとっても狭くて、息が出来なくって、

 

海に溺れて身動きも出来ない醜く悲しい人間だ。

 

 

その人間を救うことができるのはきっと

 

陸にいる人間でも海に住んでいるイルカでもなく

 

その人本人、その人たった1人なんだろう。

 

 

陸にいる人間、若しくは他の島にいる人間には

 

溺れて騒ぐ人間の姿はきっと目に映らない。

 

 

反対に、陸にいる人間が手を差し伸べたって

 

溺れ間近の人間には掴めない。

 

 

つかもうとする心がなければ。

 

 

 

それくらい、海という

 

「せまいと思い込んでいる社会」に溺れ、

 

体を水(くだらないルールや常識)でいっぱいにし

 

海(社会)に飲み込まれそうな人間は、

 

 

どんなに手足を大きく暴れたところで

 

陸からその海を眺める人間にはいつも通りの美しい海にしか

 

見えていないのだ。

 

 

本当に

 

本当に小さいんだ。

 

 

 

同じ「海」でも

 

溺れて死んでしまいそうな人には大きな悪魔にしかなく、

 

陸から見る人間には雄大で優しく見守る偉大な母のようでしかない。

 

 

 

自然と、音楽と、自然の音と。

 

静寂と時間があればじぶんの身体は元気になる。それから、知らず知らずに中に溜まった“黒”を、涙とこうして文字として生み出すことで。

 

 

クロアチアギリシャの港で2時間も3時間も

 

黄昏ながら聴いた音楽と共に

 

風の音や木々の葉の揺れる音を耳にすれば

 

浮かんでくるあの景色。

 

 

あの日、心に焼き付いたクロアチアの景色、人間、

 

それらの限りなく美しい人間の素の姿。

 

 

その子たちが今日も教えてくれる。

 

 

 

愛するべきものを忘れないように、と。

 

うつくしい人間の在り方を忘れないように、と。

 

 

 

 

そろそろ飛行機に乗ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

贅沢なおっぱい

 

贅沢な悩み

 

 

働きたいのに働けない人にとって

 

仕事の悩みなど忙しさのストレスなど

 

すべて贅沢にすぎない

 

 

仕事が辛い人にとって

 

「働けない」なんてことは夢のような話

 

 

生きたいのに死んでしまった人にとって

 

「死んでしまいたい」と思い今日も生きている人は

 

命を交換してほしい存在

 

 

死にたいのに死ねない人にとっては

 

願ってもいないのに死んでしまえた人が

 

羨ましくて仕方ない

 

 

 

そんなもの

 

 

小さいことでもなんでも

 

 

だから他人の悩みをどんなに小さいと思ったって

 

笑ってバカにすることはしない

 

時に笑ってバカにすることで

 

その人にとってもプラスになることもあるとは思う

 

 

 

くそみたいな悩み

 

「気にすることないじゃん!」

 

という友達や他人の言葉はプラスにもマイナスにもなる

 

 

 

 

おっぱい

 

 

 

日本には爆乳よりも貧乳で悩んでいる人の方が多い

 

 

胸が小さい人のコンプレックスはすごく強い

 

そんな人達には「胸が大きい」ということの

 

どこに悩みのタネがあるのかさっぱりわからない

 

 

さっぱり

 

 

なんにも

 

 

 

胸が大きい人はかわいそうだ

 

 

だって誰も分かってくれやしない

 

 

大きく生まれてきたかったでもなく

 

そこにただその大きさ形で生まれてきただけなのに

 

 

日本ではまだまだ女性の胸がいやらしく扱われる

 

まだまだ、と書いたけれど文化なのかもしれない

 

 

胸が大きくても

 

小さくても

 

なんだっていじられる傾向が多い気がする

 

 

少なくても高校生活なんてそんなもん

 

 

 

女子は胸に対して結構デリケート

 

何かしらみんな悩みを持っている

 

そんな気がする

 

 

 

でも今回何がいいたいかって

 

 

「胸が大きい人にも悩みはあるんですよ」

 

ということ

 

 

なぜならそれは割合的に少数であり

 

下着屋にも「胸が小さい人が大きく見せる為のもの」

 

胸が小さい人の悩みに触れるものしかあまりないからだ

 

 

対して大きい人の「大きく見られたくない」や

 

「盛ってもいないのにいやらしい目でみられる」

 

そんな悩みに特化したブランドや商品はまだまだ少ない

 

 

同じような思考から日本でも

 

胸が大きい人用のブランドを立ち上げた女性がいたけれど

 

かなりナイスだと思った

 

 

 

自分は将来、下着を作りたい

 

 

下着で体が変わるのに

 

なんの知識もなく「自分の胸はこうなんだ」

 

と決めつけて諦めてしまっている女性があまりにも多いから

 

 

そして随分歳を重ねてから体型を気にし始めて

 

バカ高い補正下着に手を出したりする

 

 

でも本当は若い頃から身体と向き合って

 

身体を作り上げていたら

 

“手遅れ”なんてことはない

 

 

若者向けのリーズナブルでデザイン性のある

 

かわいらしい下着屋さんを否定するつもりはない

 

 

けれど下着というのは直接肌に触れ合い

 

どの下着をつけるかで本当に身体の形が変わってしまうものだ

 

 

それはおしゃれな洋服を身につけるより

 

遥かに美しい女性へと変化させてくえる

 

身近であり、最も身体に寄り添うアイテム

 

毎日、長時間

 

 

 

あーつかれた

 

日本の女性がもっと身体に自信を持って

 

美しい女性や若い女性に嫉妬をしなくなる日が

 

きたらいいな